2025年11月の衆院予算委員会が、いまネットで大きな話題を呼んでいます。
立憲民主党が「クマ発言」「奈良の鹿15分追及」「10年以上前の発言掘り起こし」という“動物×過去ネタ”を連発し、SNSでは「予算委がまるで動物園」「また無駄話か」と大炎上。
一方で、同じ“無駄話”でも場を和ませた国民民主・榛葉議員のユーモアは高評価を集めています。
本記事では、池田真紀議員のクマ問題、西村智奈美議員の鹿追及、杉尾秀哉議員の過去発言指摘、そして「予算委員会で何を話しても自由なのか?」という根本テーマまで、データと視聴者反応をもとに徹底深掘りします。
衆院予算委2025年11月、冒頭から漂う“今日も荒れるぞ”の空気
2025年11月の衆院予算委員会。開会前から傍聴席やSNSには、ある種の確信めいた予感が漂っていた。「今日も…荒れるな」と。
実際、国会中継を見ていても、委員が資料をめくる音が妙に大きい。政府側の答弁席も、いつもより背筋が伸びている。「静かな予算委」というものを日本人は記憶しているのか? もはや疑わしい。
国会での“荒れ具合”は、年間件数にするとだいたい決まっており、ある政治分析サイトの集計では「予算委員会の炎上率は他委員会の約3.2倍」というデータもある(※参考値)。つまり、荒れる日を当てるのは、ほぼ競馬の単勝オッズ1.1倍くらいの確率で当たるということだ。
そんな中、2025年11月の予算委はむしろ“当たり回”。
次々と不思議な質問・動物シリーズ・過去発言の発掘。まるで国会という名のタイムカプセル+動物園。視聴者としては内容よりも「次は何が飛び出す?」というハラハラ感の方が強かったという声も多い。
立憲・池田真紀議員の「クマ発言」—なぜここまで騒ぎになった?
今回の予算委で大きく取り上げられたのが、「クマみたいだね」という発言。その発言者は高市首相ではなく、赤間二郎・国家公安委員長だ。
これは10月23日の記者会見後、記者が
「クマ被害が多発する東北地方への視察はしないのか」
と質問した際、赤間委員長が
「危ないから、自分は行かないよ」
と軽く笑いを交えて返答。その流れで、質問した記者本人に対して
「クマみたいだね」
と発言したものだ。
この“動物に例える”表現が不適切ではないかと問題視され、池田真紀議員(立憲)が予算委で追及する展開となった。
しかし、この質疑がSNSで炎上した理由は、赤間委員長の表現そのものよりも、
「これ、予算委でやるべき案件?」
という“テーマ選択”への疑問が圧倒的に多かった点にある。
Xでは、
「個人への比喩表現より、予算と政策を聞いてほしい」
「コンプラチェックの場なの?」
といったコメントが急増した。
もちろん、権力者の不適切表現を質すこと自体は議員として必要な役割だ。しかし、予算委員会という“政策の心臓部”の時間を使って行うべきかという点で、多くの視聴者が違和感を持った――これが今回の本質である。
西村智奈美議員の“奈良の鹿”追及15分。その真意とズレ
もう一つ注目を集めたのが、西村智奈美議員による“奈良の鹿”問題の質疑だ。
事の発端は、高市首相が「奈良では外国人観光客が鹿をいじめるケースがある」と発言したこと。これに対し西村議員は、
「日本人だって同じような迷惑行為をしているではありませんか」
と反論し、個別事例や観光地のマナー問題を丁寧に掘り下げていった。
テーマ自体は決して軽いものではなく、観光公害やインバウンド政策の文脈として一定の意味はある。しかし、結果的にこの話題だけで約15分を費やしたことで、SNSでは
「そこにそんな時間使う?」
「外国人 vs 日本人 の対立構図にしなくても…」
といった“議題の優先順位”を疑問視する声が多数。
真意は理解できるが、予算委員会という限られた場での時間配分としては、ややバランスを欠いた印象が残った質疑だったと言えそうだ。
杉尾秀哉議員、“10年以上前の発言”を持ち出す
立憲民主党の杉尾秀哉議員は、予算委員会で高市早苗首相や片山さつき議員が10年以上前に行った発言や言動を取り上げ、当時の真意や責任を問う形で30分以上にわたって質疑を展開しました。杉尾議員の狙いは、過去の言動が現在の政治姿勢や政策にどのような影響を与えているかを検証することでした。
しかし、この質疑は予算委員会の本来の趣旨との乖離が問題視されました。本来、予算委は予算案や政策実施状況の審議が主目的。過去発言の検証に終始した杉尾議員の追及に対し、与党や一部メディア、SNSからは「予算と関係がない」との批判が噴出しました。
高市首相は「現在の政策に集中すべき」と反論し、片山議員も「過去発言を切り取って現在の議論に持ち込むのは不適切」と応酬。議場では、過去の言動を巡る時間配分の妥当性が大きな論点となった質疑でした。
「無駄話」と言われる立憲の質問。その本質をデータで分析してみる
ネット上では「立憲=無駄話」という評価が定着しつつあるが、感情論だけで語るのはフェアではない。
ある国会ウォッチ系メディアの分析では、
“質問の実質的な政策関連率”
・政府側や他党:平均60〜70%
・立憲民主党:平均42%
というデータがある。(※参考値)
つまり、政策に直結しない話題の割合が少し高めに出ているのは事実。
ただし、立憲には「追及型の役割」があり、スキャンダルや言葉尻のチェックを担当しがち。そのため、どうしても政策より“重箱の隅”にフォーカスが寄る傾向があるわけだ
とはいえ、今回の“動物シリーズ2連発+10年前発言”の流れを見ると、SNSが「無駄話」と揶揄するのも無理はない。
予算委が「動物園委員会」と呼ばれた日も、そう遠くないかもしれない。
同じ“無駄話”でも空気を変えた国民・榛葉議員のユーモア
ここで一筋の光を放ったのが、国民民主党の榛葉議員。
彼は核心を突きつつ、程よいユーモアで場を和ませた。政治家がユーモアを使うと、たいてい失敗するが、榛葉議員は例外的にセンスがあるタイプだ。
ネットでも、
「同じ無駄話でも笑えるならOK」
「国会の唯一の清涼剤」
と好意的な声が中心。
国会でも“笑い”は重要な政治スキルであり、場の緊張感を和らげ、議論をスムーズにする効果がある。榛葉議員の場合は、そのバランス感覚が突出している。
「予算委員会で何を話しても自由?」という永遠の疑問
予算委員会は、本来“予算に関わる質問をする場”だが、実はルール上ほぼ何でも質問できてしまう。
これが「動物園化」を招いた根本原因とも言える。
ただ、自由であることは悪ではない。問題は“どう使うか”。
限られた国会の時間を使い、国民生活に直結しない話題が延々続くと、視聴者の離脱率が高まり、政治不信の温床になる。
2025年の予算委は、その「自由すぎる国会」の象徴的な回として語り継がれるかもしれない。
2025年11月の衆院予算委員会は、まさに“大荒れ”の展開でした。
高市首相の高い支持率もあって注目度が上がる中、ひときわ目立ったのが立憲民主党の“無駄話ラッシュ”。週刊誌ネタを持ち込み、裏取りのない話を広げ、さらには“10年以上前の出来事”まで採り上げるなど、視聴者からは「今それ必要?」の声が相次ぎました。
一方で、同じ“脱線トーク”でも評価が分かれたのが国民民主党・榛葉議員。高市首相と片山大臣を“最恐コンビ”と呼び、場を和ませるユーモアを交えた雑談は、むしろ委員会の空気を柔らかくし、SNSでも「こういう無駄話なら歓迎」と好意的に受け止められました。
同じ脱線でも、緊張感を壊すか、議場を和ませるか。その違いが鮮明に表れた回だったと言えるでしょう。


